2010年11月23日火曜日
今シーズン初の30km走
一昨日は東京で3度目の皇居ランを果たした。
今回はホテルのチェックアウトが13時だったので、朝食を済ませてから走ることが出来た。
これまでの2回は朝食前の早朝だったので、ランナーの姿もちらほらだったが、今回は皇居に到着したのが10時頃だったのですでにランナーが切れ目なくつながっているような状態であった。
桜田門前の広場には集団で走るグループが多数集結していた。
当初は1周ごとにビルドアップしてしっかりトレーニングする予定だったが、睡眠不足と疲れから脚が重かったので無理をせずに3周走った。
桜田門でストップ、初めて二重橋近くまで歩いて行き観光客に混じって皇居の写真を撮った。
今日は一昨日走れなかった分がんばろうと思い、今シーズン初の30km走を実行した。
起伏のあるコースも考えたが、無難に平坦な三木町往復コースを選んだ。
本来ならLSDとするべきところだが、時間がかかりすぎるのもいやなので、キロ6分程度のペースを設定した。
結果的には平均5分49秒、最後の1キロは5分ペースまで上げてみた。
去年は12月13日に初の30km走を行っている。
今年は20日早いが、来年のとくしまマラソンが1ヶ月早く開催されることを考えると決して早すぎるということはない。
やや不本意だった前回のとくしまマラソン、今年は違ったトレーニングで、と思っている。
去年はとにかく週2回の長距離走を重視していたが、今回は坂道コースを開拓しペースも速めで変化のあるトレーニングをしようと思う。
出来れば、休日以外にもつなぎで走って週3〜4日の頻度にしてみるつもり。
2010年10月24日日曜日
阿波吉野川マラソン2010
ハーフは1700名が参加、恐るべしマラソンブーム

記録証を見てみるとちょうど10年ぶりの参加。
前回(平成12年)は1時間27分26秒、ハーフで初めて1時間半を切った大会。
今日は記録狙いというわけではなく、最後の5キロを4分30秒/キロまでビルドアップできるかどうか、がテーマだった。
この課題はほぼクリア。
しかし、最後はやはりきつく、心拍数も170を超える瞬間があった。
今年のとくしまマラソンのデータを見ると、心拍150台のペースでないと維持できないと思われる。
もちろんフルを4分30秒ペースで走るつもりはないが。
この大会、昔から手作り感あふれる運営、それはそれで好感が持てる。
しかし、コースの距離はもっと正確であってほしい。
GPSウォッチのデータでは19.8kmしかなかった。
まあ、20キロレースと呼んでもよいが、ハーフを標榜するのはやめたほうがいい。

記録証を見てみるとちょうど10年ぶりの参加。
前回(平成12年)は1時間27分26秒、ハーフで初めて1時間半を切った大会。
今日は記録狙いというわけではなく、最後の5キロを4分30秒/キロまでビルドアップできるかどうか、がテーマだった。
この課題はほぼクリア。
しかし、最後はやはりきつく、心拍数も170を超える瞬間があった。
今年のとくしまマラソンのデータを見ると、心拍150台のペースでないと維持できないと思われる。
もちろんフルを4分30秒ペースで走るつもりはないが。
この大会、昔から手作り感あふれる運営、それはそれで好感が持てる。
しかし、コースの距離はもっと正確であってほしい。
GPSウォッチのデータでは19.8kmしかなかった。
まあ、20キロレースと呼んでもよいが、ハーフを標榜するのはやめたほうがいい。
2010年10月2日土曜日
おとなの遠足2010

もう1週間前になるが、9月26日はバンド仲間と秋の遠足でした。
目的はキース・ジャレット・トリオ神戸公演。
3月のチケット先行発売日にいち早く入手、そのときは半年先なのでイメージは湧かなかった。
しかし、ついにその日がきたのだ。
わがバンドのベーシスト(社長)とギタリスト(法律家)が旅の友。
1410発のマリンライナーに乗車、早速ビール缶をプシュ。
社長は4日連続の接待でお疲れ、ひたすら睡眠。
踏切のトラブルでマリンライナーが15分遅れ、接続予定ののぞみ36号には乗れず、次のひかりレールスターに乗車。
ここでもビール。
1607新神戸着、オッサンなのでタクシー利用し、予約してあったビフテキのカワムラ三宮店へ。
ほかの店でもよかったのだが、17時前に開いているのはここしか見つからなかった。
神戸ビーフ110グラムのコースにした。
肉刺し、テールスープ、フォアグラのソテーが次々登場、ステーキの番になるとおじさんには少々ヘビーであった。
ワインの飲み過ぎが懸念されたが、飲み会続きの社長がいまいちペースが上がらず、それぞれワイン2杯でおさまった。
少し時間が余ったので坂を少し上ったところの立ち飲みバーに入った。
AZABU BAR というこの店で3人ともギネスドラフトを頼んだ。
頃合いの時間となり、コンサート会場の神戸こくさいホールへ向かった。
続々と人が入場する。
我々の席は前から2列目!の中央。
座ってみると目の高さがステージの床と同じ。
ピアノの底面が見える。
この角度は初体験だ。
ブザーが鳴り開演。
メンバー入場前、クラシックのコンサートのように会場は静まり緊張が走る。
キースは真紅のシャツに黒いズボン。
キースのソロから始まる。
It Could Happen To You を暗示するフレーズとコード進行
しかしベース、ドラムが加わるときには On Green Dolphin Street になっていた。
次は I Remember Clifford
さらに知らない曲2曲が演奏され、あっという間に1部が終了
少なかったとはいえビールとワインが入り、気持ちよい音楽を聴くとついつい睡魔が襲ってくる。
眠ってはしまわなかったが、隣の社長が動かなくなる瞬間があったのを目の端で捉えたぞ。
まったくオッサンはこれだからしょうがない。
最高に贅沢な居眠りというべきか。
2部は'Round Midnight から始まり、Joy Spring, 知らないバラード、Bye Bye Blackbirdで終了
アンコールにはI'll Close My Eyeと My Ship
現代最高のピアノトリオを間近に見られて満足。
3年前にフェスティバルホールで観たときは2階席からだった。距離が遠くて音量も小さいなあと思っていたけど、今回も2列目だったのに音量は小さかった。
各楽器にマイクは配置されているが、PAはごく薄く出力してあるのだろう。
ピアノはほとんど生音を聴いている感じだった。
席がステージより低い位置なので、ピアノの蓋に反射した間接音を聴いていたのだろう、少しバランスが悪いと感じた。
むしろ後方の席の方がピアノがよく聞こえたのではないだろうか。
演奏の内容は、もちろん素晴らしいものだったが、これまのCDやDVDと比べると、よりリラックスした内容だった。
年齢のせいなのか、この日がたまたまそうだったのか、タイトな緊張感は感じられなかった。
しかし、やはりバラードやピアノソロの部分で見せるキースの叙情性は抜群で、歳をとって控えめになった唸り声もむしろ好ましい間の手となって魂に響いてきた。
ジャック・ディジョネットのドラムもビッグ・ソロはなかったが、主張しすぎない、曲に溶け込んだ渋い演奏だった。
なにも難しいことをしなくてもいいんだよ、と語るかのようであった。
ゲイリーの演奏もそつのないものであったが、キースより10歳上の75歳、最後の来日公演か。
3年前の時もそう思ったけど。
ホールを後にして新神戸へ。
高松に帰るためには23時台でも間に合うのだが、2159ののぞみに楽勝で乗れた。
駅の売店は閉まっていたので、車内販売で缶チューハイをゲット。
岡山駅では改札外のコンビニまで行ってビールを入手。
2340に高松着。
この日に飲んだアルコールは:
復刻版アサヒ缶ビール500ml
プレミアムモルツ350ml
生ビール中1杯
グラスワイン赤2杯
ギネスドラフト350ml
缶チューハイ1本
ふたたびプレミアムモルツ350ml
トータル約2.5リットルでした。
しょうがないオッサン3人の秋の遠足でした。
2010年9月30日木曜日
ジオン硬化療法
内痔核の日帰り手術を受けた。
ずっと気になっていたのだが、最近出血と脱肛がひどくなったため思いきって専門の病院を受診した。
さいわい、本格的な手術ではなく、粘膜下に注射して静脈層を癒着・硬化する「ジオン硬化療法・4段階注射法」で治療できるとのこと。
前処置として昨夕下剤「ヨーデル」2錠を内服。夜のうちからおなかがゴロゴロ。
今日は午前中トイレに3回。
昼過ぎに病院へ。ここでさらに浣腸されまたトイレに。
手術室に歩いて入室。
外来の処置室でチョコチョコッと、というイメージを勝手に抱いていたので、少し面食らった。
看護師(男の子)が左前腕に点滴をとろうとするのだがうまくいかず、幸先悪し。太い静脈がクッキリと見えているのだが。
その昔、麻酔科医時代に静脈穿刺を数え切れず失敗してきた祟りか。
右前腕から外科医がラインを取り直す。
左側臥位で仙骨硬膜外麻酔を受ける。
1.5%キシロカイン12〜13ml使います、とのこと。
10分後には大腿後面まで冷覚消失。
腹臥位となり腹部の下に枕、下肢を少し下げて手術の体位。あまり脚は開かないんだ。
おしりの肉をテープで留めているようだが、中心部はテープの感触が無く、麻酔が適切に効いていることが分かった。
すぐに処置が始まった。
少し冷たい感じや触られている感じはしたが、痛みは感じない。
10分ほどであっけなく終了。
この間、ひたすら心電図の音を聞きながら心拍数を落とすことに専念していた。バイオフィードバック法か。呼吸性の変動が大きく、呼気をゆっくり長くとると心拍数がやたら上がらずにコントロールできた。
同業者としては、あまりうろたえるわけにもいかず、心配していたが、何とか面目を保っただろう。
術後は麻酔が覚めるまで外来注射室のベッドで安静。このときの風景が上の写真。
おしりのしびれが長く続き、麻酔後2時間半の時点でもまだしびれていたが、下肢の筋力は回復していたので術者から簡単な説明を受けた後帰路についた。
一番大きかった痔核には輪ゴムをかけたとのこと。これは後日自然に脱落する予定。
アルコールは3日、ランニングは1週間控えてくださいと。手術よりもこっちの方がつらい。
帰宅後もおしりとチンチンはしばらくしびれていた。
しびれがとれるにつれ局所の異物感が強くなったがロキソプロフェン内服後気にならなくなった。
今のところ痛みはない。粘膜下を通って注入液が皮下に達すると、そこは知覚神経が存在するのでとても痛いのだと聞き恐れていたが大丈夫か?
1週間後再診の予定。
貴重なプチ手術体験であった。
2010年7月8日木曜日
雨の京都を走る
7月1日から京都に学会出張。
会場は京都国際会館だが,宿泊先はランニングコースを考慮して,京都ホテルオークラを選んだ。
京都と言えば鴨川。河川敷には遊歩道があるに違いない,とグーグルマップの航空写真で確認していた。
7月2日朝7時すぎに起床。
前日「菊乃井本店」で会があったのだが二次会も行かず賢くホテルに帰ったので早起きできた。
ミネラルウォーターを飲み,SOYJOY1本食べて出発。
ホテルと鴨川は目と鼻の先。
東岸へ渡り河川敷に降りた。
そこからひたすら北上。
川の合流地点からもそのまま東岸を北上,「高野川」沿いに進んだ。
5キロ足らずを走り折り返し,高野川の西岸を南下。
合流地点では,亀の飛び石を伝って鴨川の西岸に渡った。
そのまま三条まで下って折り返しホテルに戻った。
走行距離 9.58キロ。
もう少し走りたかったが,学会にも出ねばならんので自制。
翌日は朝から雨。
ホテルの部屋(14階)からは小降りに見えた。
ホテルの玄関に出てみると,けっこう降っていた。
迷ったが,めったに来られないのだから,と決行。
京都御所を目指した。
雨脚はさらに強まり,すぐにびしょ濡れになった。
ここまで濡れると後は同じこと。
寒くもないので,問題はない。
デジカメが濡れないか,が心配だった。
御所は早朝から開門していた。
24時間オープンか?
傘をさして散歩しているヒトが少しいたが,ほとんど無人。
あとは警備の人のみ。
御所内部は砂利道だが一部を除いて深い砂利ではなく,ゆっくり走るのにはほとんど支障なかった。
晴れた日中でも適度に木陰がありそうで夏のトレーニングにはいいかも。
なんといっても車道沿いでなく,クルマがいないのが快適。
徳島公園コースより広くて気に入った。
予定では御所を回り,鴨川西岸に出るところであったが,あまりの雨に御所内部を2周してホテルに帰ることにした。
ホテルのロビーにびしょ濡れで入るのもためらわれたが,ドアボーイが大丈夫というのでそのままフロントでキーを受け取り部屋に帰った。
鴨川ベリといい,御所といい,京都のランナーはトレーニングコースに恵まれている。
2010年5月26日水曜日
正しい生活?
赤燈台横から,屋島の朝日

Jog by ohnoknj at Garmin Connect - Details
昨日はサンポートに入港していた帆船:日本丸が朝日に輝く姿を撮影しようと朝4時に起きて出かけた。
しかし,雲のかげんで朝日は拝めず,たいした写真も撮れずに帰宅。
時計を見るとまだ5時半。
眠気はないので,走ってみようと言うことに。
サンポートに行ったときに何人かランナーがいたことに触発されたのだ。
10km,1時間くらいで走れるぞ,と屋島を走った。
もう6時台だから爽快な朝の景色。
得した気分になった。
日中の眠気も,もちろんあるのだが,いつものレベル。
それでは今日も,と,5時起き。ゆっくり準備をして5時半に出発。
今朝はサンポートの赤燈台まで往復11kmあまりを1時間ちょっとで走った。
今の季節,5時前に日の出。
そのあとの時間はいつも夢の中だった。
昨日・今日と走ってみてほんとにもったいないと思った。
まだ暑くはないし,ひんやりする空気を満たす朝の陽光にリフレッシュされる。
しばらく早朝ランを続けてみようか。

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昨日はサンポートに入港していた帆船:日本丸が朝日に輝く姿を撮影しようと朝4時に起きて出かけた。
しかし,雲のかげんで朝日は拝めず,たいした写真も撮れずに帰宅。
時計を見るとまだ5時半。
眠気はないので,走ってみようと言うことに。
サンポートに行ったときに何人かランナーがいたことに触発されたのだ。
10km,1時間くらいで走れるぞ,と屋島を走った。
もう6時台だから爽快な朝の景色。
得した気分になった。
日中の眠気も,もちろんあるのだが,いつものレベル。
それでは今日も,と,5時起き。ゆっくり準備をして5時半に出発。
今朝はサンポートの赤燈台まで往復11kmあまりを1時間ちょっとで走った。
今の季節,5時前に日の出。
そのあとの時間はいつも夢の中だった。
昨日・今日と走ってみてほんとにもったいないと思った。
まだ暑くはないし,ひんやりする空気を満たす朝の陽光にリフレッシュされる。
しばらく早朝ランを続けてみようか。
2010年5月17日月曜日
とくしまマラソン2010を振り返る(1)
使用前

前途洋々

使用後

Tokushima Marathon by ohnoknj at Garmin Connect - Details
4月25日のとくしまマラソンからもう4週間が経ってしまった。
連休の前後でクリニックは開設以来最高の忙しさとなり,ブログを更新することが出来なかった。
仕事の疲れ・フルマラソンのダメージ・連休にわざわざ遠出をして疲れ,何も出来なかった。
忘れないうちに今年のとくしまマラソンを振り返ろう。
前日はホテルクレメント泊。
仕事を終えてホテルに着いたのは20時前。
夕食を,と駅前の「ひらい」を覗いたが満席とのこと。
近辺の飲食店はどこも満員の様子。
秋田町を目指し歩く。
LEDアートフェスティバル?とやらで両国橋付近は阿波踊りかと思うような人出。
富田町付近で昔なじみの串カツ「河久」を発見。
幸い席が空いていたので入店。
生ビール3杯も飲んでしまった。
串カツも昔と同じ味でした。
締めにゴハンを2杯。
カーボローディングはOKだが,揚げ物はマラソン前日の食事としてはまずいんじゃないの?
当日は快晴。
スタート前の気温は8℃。
空気は冷たいが風がないので日向にいると寒くない。
ゼッケンは3014
3000番台は3時間40分前後の自己申告タイムか。
人数が多いこともあってかスタート直後は比較的冷静にゆっくりとした滑り出し。
ペースが上がりすぎることもなかった。
吉野川橋にかかっても集団の密度は下がらず,北岸の堤防に出てからも左車線のみを走るので混雑していて自由なペースでは走れなかった。
レース前の思惑ではキロ5分〜5分10秒の間でイーブンペースというのがプランだった。
実際は,5kmまでは5分20秒以下のペースでしか走れなかった。しかし,抜いていくことで体力を消耗することは避けたかった。
6km,7kmのラップでようやく5分10秒が出たが,その後再び渋滞に巻き込まれペースダウン。
10kmで密集を抜け17kmまでは快調なペースで走れた。
18kmからは堤防北側の側道にいったん降りて約1kmを走った後折り返し,同じ道を引き返す;再び堤防上の道に戻ったら20km地点という距離合わせのための変則コースだった。この間は西向きが2列,その間に東向きが1列という変な光景だった。側道に降りて西向きに進む間,堤防上を同じ方向に進むランナーは自分よりはるかに先行しているわけで,その集団が切れ目もなく大勢走っているという事実にすこし触発されるものがあった。引っ張られる感じでペースはキロ5分まで上がった。
堤防上に戻って20km,そこから南岸への折り返しとなる六条大橋はすぐそこに見えているが,走るとけっこう遠い。
六条大橋の手前には阿波踊りの応援があるはずなのだが,なぜか休憩中でがっかり。
去年は阿波踊りの応援が数カ所あり,そこでは徳島人の血が騒ぐのかペースがすこし上がったものだ。
六条大橋は長い。遥か下に吉野川の流れ,川原,竹薮を見ながら進む。
去年は往路が強烈な向かい風だったので,六条大橋を渡るときは,これでやっと向かい風が終わると安堵したものだ。
今年は向かい風もなく比較的順調に思えたが,この橋を渡るときに,思ったより余裕がないと感じた。
橋を渡りきると去年と同様大勢の応援が並んでいた。ここからは堤防南側の側道に降りる。
単調な景色,距離はなかなか進まない。眉山が遥か遠くに見える。
30kmまでにもまだ距離がある。
この辺,心理的にジワジワ消耗するところだ。
ペースもいつの間にか落ちている。
ラップタイムを見ると,25kmをすぎてから微妙にスピードが落ちている。
5分10秒を切れなくなっているのだ。
32kmのラップが5分30秒に落ちてからはスピードの低下が決定的なものとなっている。
ムリのないペースで走っていたつもりが,いつの間にか余裕がなくなり,走り続けることが苦行になった。
25km地点だったか,役員が順位を告げていた。
その時点では僕のすこし前が1030番とのことだった。
何とか前をとらえて1000位以内に入りたいものだと思った。
30kmを過ぎてからはほとんど5分20秒以上のペースに落ちたが,これは周りのランナーも同じこと。
自分のペース低下度はまだ軽微な方で,しだいに抜いていくことが多くなった。
抜かれることもときにはあったが,しょうがない。
同じくらいのペースで走るランナーを見つけてはついて行く。
しばし併走した後,向こうが脱落していくことも多い。
こっちは抜く意識などなく,ペースの維持に必死になっているのだ。
35km以降は1kmごとの表示がなかなかやってこない。
38km過ぎ,四国三郎大橋の手前で堤防の側道から右折,直角のコーナーを幾度か通過した後鮎喰川にかかる潜水橋をわたる。
このあたり微妙なアップダウンがあり脚がきつい。
去年は個々で右下腿三頭筋が攣ってストップしたのだ。
今年はなんとか攣ることなくクリアできそうだ。
潜水橋から見る水の色は蒼く美しかった。
高徳線の鉄橋下をくぐってふたたび堤防上の道に出る。
河川敷から堤防上に上るわずかな登りがきつい。
堤防から河川敷のゴルフ場を見ながらの1kmあまり,もう40kmの表示を過ぎているのだが,まだまだゴールが遠く感じる。
この苦しみがいつまで続くのか。時間的にはあと10分あまりと分かっていても絶望的な長さに思える。
フルマラソンでは必ず感じるこのつらさ。悪夢の中でもがいている感覚だ。
そんなとき,後方からオッサンひとりと女性ランナーひとりが話しながら抜いていった。
曰く,「気持ちいいねえ」「抜くばっかりで」
まったく腹の立つランナーだ。
そんなに余裕があるならもっと速く走れ,と言いたい。
そういうレースをして面白いか!
黙って走れ!
こちらはリミット一杯なのでこういう奴らを抜き返すことも出来ない。
ゴルフ場を過ぎるとふたたび堤防の南に下り,右折。
あと1km。
さらに右折して広い道に出ると陸上競技場は目の前だ。
沿道にはぎっしり応援の人垣が。
去年はこのあたりで,「まだ速いほうよ」という慰めか応援かわからない声を掛けられたものだ。
今年は脚が攣らなかったので少しペースを上げてラストスパート。
つらくて涙が出そうになりながら左折して競技場へ。
青いトラックにはいり最後のスパート。
3時間43分52秒でゴール。
総合順位はどうでもいいのだが701位。
後半で300人くらい抜いたようだ。
3時間40分は確実に切れると思っていただけに不本意なゴールだった。
300人抜いたとはいえ,自分も何人かには抜かれたり,並走していたランナー(とくに女子)に置いていかれたりした。
口惜しい。
イーブンペースが保てなかったことに悔いが残る。
ゴールしてしばらくは,もうタイムを追求するのは無理なのだと感じ,ガックリ来ていた。
反省点は日を改めて。
前途洋々
使用後
Tokushima Marathon by ohnoknj at Garmin Connect - Details
4月25日のとくしまマラソンからもう4週間が経ってしまった。
連休の前後でクリニックは開設以来最高の忙しさとなり,ブログを更新することが出来なかった。
仕事の疲れ・フルマラソンのダメージ・連休にわざわざ遠出をして疲れ,何も出来なかった。
忘れないうちに今年のとくしまマラソンを振り返ろう。
前日はホテルクレメント泊。
仕事を終えてホテルに着いたのは20時前。
夕食を,と駅前の「ひらい」を覗いたが満席とのこと。
近辺の飲食店はどこも満員の様子。
秋田町を目指し歩く。
LEDアートフェスティバル?とやらで両国橋付近は阿波踊りかと思うような人出。
富田町付近で昔なじみの串カツ「河久」を発見。
幸い席が空いていたので入店。
生ビール3杯も飲んでしまった。
串カツも昔と同じ味でした。
締めにゴハンを2杯。
カーボローディングはOKだが,揚げ物はマラソン前日の食事としてはまずいんじゃないの?
当日は快晴。
スタート前の気温は8℃。
空気は冷たいが風がないので日向にいると寒くない。
ゼッケンは3014
3000番台は3時間40分前後の自己申告タイムか。
人数が多いこともあってかスタート直後は比較的冷静にゆっくりとした滑り出し。
ペースが上がりすぎることもなかった。
吉野川橋にかかっても集団の密度は下がらず,北岸の堤防に出てからも左車線のみを走るので混雑していて自由なペースでは走れなかった。
レース前の思惑ではキロ5分〜5分10秒の間でイーブンペースというのがプランだった。
実際は,5kmまでは5分20秒以下のペースでしか走れなかった。しかし,抜いていくことで体力を消耗することは避けたかった。
6km,7kmのラップでようやく5分10秒が出たが,その後再び渋滞に巻き込まれペースダウン。
10kmで密集を抜け17kmまでは快調なペースで走れた。
18kmからは堤防北側の側道にいったん降りて約1kmを走った後折り返し,同じ道を引き返す;再び堤防上の道に戻ったら20km地点という距離合わせのための変則コースだった。この間は西向きが2列,その間に東向きが1列という変な光景だった。側道に降りて西向きに進む間,堤防上を同じ方向に進むランナーは自分よりはるかに先行しているわけで,その集団が切れ目もなく大勢走っているという事実にすこし触発されるものがあった。引っ張られる感じでペースはキロ5分まで上がった。
堤防上に戻って20km,そこから南岸への折り返しとなる六条大橋はすぐそこに見えているが,走るとけっこう遠い。
六条大橋の手前には阿波踊りの応援があるはずなのだが,なぜか休憩中でがっかり。
去年は阿波踊りの応援が数カ所あり,そこでは徳島人の血が騒ぐのかペースがすこし上がったものだ。
六条大橋は長い。遥か下に吉野川の流れ,川原,竹薮を見ながら進む。
去年は往路が強烈な向かい風だったので,六条大橋を渡るときは,これでやっと向かい風が終わると安堵したものだ。
今年は向かい風もなく比較的順調に思えたが,この橋を渡るときに,思ったより余裕がないと感じた。
橋を渡りきると去年と同様大勢の応援が並んでいた。ここからは堤防南側の側道に降りる。
単調な景色,距離はなかなか進まない。眉山が遥か遠くに見える。
30kmまでにもまだ距離がある。
この辺,心理的にジワジワ消耗するところだ。
ペースもいつの間にか落ちている。
ラップタイムを見ると,25kmをすぎてから微妙にスピードが落ちている。
5分10秒を切れなくなっているのだ。
32kmのラップが5分30秒に落ちてからはスピードの低下が決定的なものとなっている。
ムリのないペースで走っていたつもりが,いつの間にか余裕がなくなり,走り続けることが苦行になった。
25km地点だったか,役員が順位を告げていた。
その時点では僕のすこし前が1030番とのことだった。
何とか前をとらえて1000位以内に入りたいものだと思った。
30kmを過ぎてからはほとんど5分20秒以上のペースに落ちたが,これは周りのランナーも同じこと。
自分のペース低下度はまだ軽微な方で,しだいに抜いていくことが多くなった。
抜かれることもときにはあったが,しょうがない。
同じくらいのペースで走るランナーを見つけてはついて行く。
しばし併走した後,向こうが脱落していくことも多い。
こっちは抜く意識などなく,ペースの維持に必死になっているのだ。
35km以降は1kmごとの表示がなかなかやってこない。
38km過ぎ,四国三郎大橋の手前で堤防の側道から右折,直角のコーナーを幾度か通過した後鮎喰川にかかる潜水橋をわたる。
このあたり微妙なアップダウンがあり脚がきつい。
去年は個々で右下腿三頭筋が攣ってストップしたのだ。
今年はなんとか攣ることなくクリアできそうだ。
潜水橋から見る水の色は蒼く美しかった。
高徳線の鉄橋下をくぐってふたたび堤防上の道に出る。
河川敷から堤防上に上るわずかな登りがきつい。
堤防から河川敷のゴルフ場を見ながらの1kmあまり,もう40kmの表示を過ぎているのだが,まだまだゴールが遠く感じる。
この苦しみがいつまで続くのか。時間的にはあと10分あまりと分かっていても絶望的な長さに思える。
フルマラソンでは必ず感じるこのつらさ。悪夢の中でもがいている感覚だ。
そんなとき,後方からオッサンひとりと女性ランナーひとりが話しながら抜いていった。
曰く,「気持ちいいねえ」「抜くばっかりで」
まったく腹の立つランナーだ。
そんなに余裕があるならもっと速く走れ,と言いたい。
そういうレースをして面白いか!
黙って走れ!
こちらはリミット一杯なのでこういう奴らを抜き返すことも出来ない。
ゴルフ場を過ぎるとふたたび堤防の南に下り,右折。
あと1km。
さらに右折して広い道に出ると陸上競技場は目の前だ。
沿道にはぎっしり応援の人垣が。
去年はこのあたりで,「まだ速いほうよ」という慰めか応援かわからない声を掛けられたものだ。
今年は脚が攣らなかったので少しペースを上げてラストスパート。
つらくて涙が出そうになりながら左折して競技場へ。
青いトラックにはいり最後のスパート。
3時間43分52秒でゴール。
総合順位はどうでもいいのだが701位。
後半で300人くらい抜いたようだ。
3時間40分は確実に切れると思っていただけに不本意なゴールだった。
300人抜いたとはいえ,自分も何人かには抜かれたり,並走していたランナー(とくに女子)に置いていかれたりした。
口惜しい。
イーブンペースが保てなかったことに悔いが残る。
ゴールしてしばらくは,もうタイムを追求するのは無理なのだと感じ,ガックリ来ていた。
反省点は日を改めて。
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